第22章 『衝動』
家庭環境に同情するが故 逃がしてしまったのだが、本当にこれで良かったのだろうか。
例え焼き烏賊ひとつだろうと、店主にしてみれば大事な収入が減ったことになる。万引きが原因で潰れる店だってあるし。
………って、
なにを真面目に考えてんだ私は。
そんなもの別に知ったこっちゃないだろう?
いや……だがしかし………
「………ちっ」
仕方無いなぁ、と諦めの舌打ちをしたあと急いで店へ戻り……
あの盗っ人小僧に代わって支払いを済ませようと財布を取り出した。
ーーーすると。
「お嬢さん、ここは俺が」
所作を遮るように、重ねられた手。
面を上げて見てみれば、そこには見知らぬ男の姿があった。
男はおもむろに懐を弄り、銭を店主へ渡すと
私の方を向いて小さく微笑んだ。
「見てたんだ。わざとあの子を逃がしてやったんだろ?」
「…………だったら、何?
文句でもあんの?あんた」
「ははっ、いやまさか。
見かけによらず優しいなー、と」
「あ、そ。
まぁ金払ってくれたことには礼を言うよ。
どーも。……じゃーね」
見かけによらず、ってのは余計だよ。
つん、と顔を逸らして反対方向へ歩き出そうとした………時。
突然腕を掴まれる感触ーーー
「待って、君」
「………ちょっと。なんなの?」
「これも何かの縁。折角だし、お茶でもどうかな」
昔のドラマや漫画でしか見聞きしない、女を誘う時に使う常套句。
まさか戦国時代から存在する台詞だとは……。
呆気にとられ、暫しポカンとしていたけれど。
・・・・・
ふーん。
へーえ。
じろじろと目玉を動かせ男の全身を品定めしてみる。
桜子についての件が解決し、悩みのタネが減ったことにより多少解放的になっていた私にとって恰好の獲物だったのだ。
機械で分析するかのように視線をあちこちへ移す。
顔面レベル:上の下
スタイル:細身
清潔度:まぁまぁ
・・・・・
んー、合格。
今日の暇潰しはこの男に決めた。
「………いいよ。私も丁度暇してたの」
差し出された男の手を取り、
にっこりと他所行きの笑顔を作ると。
そんな私を、柔らかく穏やかな風が掠めていきーーー
何故か同時に、
お節介でやたら風紀に煩いあの男の言葉が、頭の片隅で聞こえた気がした。