第22章 『衝動』
「待て。手の早い女だな」
開けっ放しの引戸に佇む男からそう制止され、私は振り上げた手をゆるゆると下げ………目を細めてそいつを凝視する。
ーーーまたか………。
そいつはスタスタとこちらへやって来ると、慣れた様子で石田の手から書物を引き抜く。
すると本人は、視界に文字が映らなくなったことでやっと我に返ったのか目を見開き頭上を見上げた。
「こーら。熱中し過ぎるのも考えものだな」
「あ、秀吉様……」
ポカンと呆けている石田に柔らかい口調で諭す豊臣ーーー。
その優しげな顔つきはまるで可愛い弟に対する慈しみのようなものが滲み出ていて、よほど良好な関係なのだと認識した。
「蓮が書庫を掃除したいそうだ。ひとまずここを空けてやれ」
「そうでしたか……はい、直ちに移動致しますね。
……………
ーーー申し訳ありません、蓮様。読書をしているとつい周りが見えなくなってしまって。すぐ退きますので………………あっ」
すくっと立ち上がり室内から出て行こうと歩き出した途端。積んであった書物の山につまずいた石田は ぐしゃっ、と床へ倒れ込んだ。
「………。大丈夫?」
「はい、大事ありません。ご心配有難う御座います」
衝撃で手中からこぼれ落ちた書物を拾って渡してやると。
ズレた眼鏡を整えながら身を起こして何事も無かったかのようににこにこと微笑みかけてくる。
今の、絶対痛い筈なのに……
この煌めく純な笑顔。
ただ鈍いだけなのか、はたまた真正の天然なのかーーー
「その本さぁ、面白い?」
「はい、先人達の伝記なのですが色々と為になるんですよ」
「へぇ……今度暇な時にでも借りようかな」
「ええ、是非読んでみて下さい」
では………、と
書物を数冊小脇に抱えて書庫を去っていく石田を見送り、やっと清掃作業に取り掛かる。
…………あ。
借りる借りない以前に、
戦国時代の字なんて読めないや。
せっかく暇潰しになると思ったのにーーー
元々読書好きな私は少し残念な気持ちになりながらも、せっせと棚を拭き掃除していると。
まだ室内に残っている存在が居ることに
はた、と気が付いた。