第5章 『抑圧』
毎朝の恒例のように、佳世の早足が廊下の板張に振動する。
「桜子様!いつまで寝ているのです!そろそろ起床のお時間で…………」
襖を開けた部屋の中はもぬけの殻だ。
寝巻が無造作に置かれており、既に着替えた後だと分かる。
「あら………」
珍しい事もあるものだと静かに閉め、作業の続きをしに台所へ向かった。
町のはずれにある広い草原に置かれたパーカーの上のスマホからはこの時代に似つかわしくないハウスミュージックが奏でられている。
(ここでターンして………)
リズミカルにステップを踏み最後の決めを終えると、その場に寝転がった。
荒い呼吸が空気に消えていく。
「お腹、すいた……」
昨日の件でゴチャゴチャだった頭が少しスッキリした気がする。やはり体を動かすに限る。
衝動に駆られて部屋着のままでここまで出てきてしまった。
「………ぅえっ!?」
瞬間、頭をクンクン嗅がれている鼻息を察知し起き上がるとそこには灰色と白の毛で覆われた犬がキョトンとしていた。
「びっくりしたぁ……君、どこから来たの?」
耳の後ろを揉んでやると、気持ち良さそうに目を細めている。
結構な大型犬だ。野生的な風貌だが円らな瞳が可愛らしい。
ワン!と吠えると前足だけ低く伏せて尻尾を振っている。
「あはは、遊びたいんだ?そのポーズ、家の犬もよくやってたわ」
いつしか空腹なのも忘れ、犬と戯れていた
「まだ帰ってない?」
政務やらの仕事を一区切りして休憩していると、女中達から桜子が朝出掛けたきり戻ってこないと知らされた。
もう午後だ。
衣桁に着物が掛かったままらしく、恐らく私服で出ているという。
「あの馬鹿、目立つだろーが。……ちょっとその辺見てくる」
草履に履き替え早々に飛び出す幸村を目で見送ると、信玄が饅頭を片手に艶笑した。
「いやあ、凄い。あれは相当入れ込んでるなぁ」
「幸………」
それとは反対に佐助は複雑な面持ちで視線を落としていた。