第5章 『抑圧』
ふわっ、と漂う香りが鼻をくすぐる。
「わぁーあの煎餅も美味しそう!この香ばしい匂い……ヤベぇっ」
「匂いがヤベぇ、の意味がわかんねー。現代人は言葉の使い方が独特だよなー。つーか、さっきから食い物ばっかだなお前」
串に刺さった飴を舐めながら店を物色していた桜子は早速煎餅を買い込む。
「そんなに大量に……食いきれんのかよ」
「これは、バ………佳世さんと多江と三津の分もあるから」
店主から貰ったお釣りを幸村に渡し、紙に包まれた煎餅を風呂敷にしまった。
また意外な一面を幸村は見た気がした
「まぁお世話になってるからねー。普段は口煩いけど」
「佳世は厳しいからな。武田家に昔から仕えてて一緒に春日山城まで同行させるくらい信玄様からの信頼が厚いんだ。俺がガキの頃から知ってる。………そーいやこないだ嘆いてたぞ。お前の事で」
「えっ、あの強面が嘆いたりするんだ」
他愛もない笑い話に花を咲かせる。
色々な店を眺めながら道を歩く。
なんて、久し振りなこの感覚。
歩行するのと並行にブラブラ揺れる幸村の手が視界に入ると、フラッシュバックするかのように脳に音声が流れる
『ほら、手!』
「………………………」
「………………………」
条件反射、というやつなのか。
あまりにも当たり前だったあの人との行為が私をそうさせたのか。
自然と幸の手を握ってしまった自分のそれを注視すると我に返り、離した。
「あっ、ねぇ、あれなんだろね!?見に行ってみよっかな」
取り繕ってその場から小走りで離れる。
まずい、
まずい。
ドクンドクンと心臓の音がやけに大きく聴こえた。