第5章 『抑圧』
「すっげー………」
賑やかな人々の往来や沢山の建ち並んだ店、活気付いた商人達。
これが春日山城下町……。
本当に時を越えて来たんだと再認識させられる。
「来れて良かったな」
桜子の隣に立つ幸村は、相手にそう言った言葉が実は自分に対して言い聞かせてるものじゃないかと気恥ずかしくなった。
二人きりで出掛けている、というこの状況に浮き足立つ自分がいる。
会って間もない女にこんな感情を抱くのは初めてだ。
一体頭の中はどうなってる?
「……………信玄様じゃあるまいし」
「は?」
「いや、なんでも………」
頭の後ろで手を組み合わせ、大股でドカドカ歩く姿はとても女とは思えない。
外出するという事で、付け焼き刃で自分で着付けたのであろう着物はグチャグチャの皺だらけだ。上等な反物だというのに、仕立て屋が見たら泣くんじゃないか。
なのに何故この女に………
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、ああ。なんだよ」
「私お金持ってないの。だから奢ってよ。ほら、あれとか美味しそう~」
「図々しい奴だな。ハイハイ、わーったよ。」
文句を言いながらも飴屋に向かう幸村を見ながら、桜子は昨日のことを思い出していた。
「お休み?」
視察から帰ってきた幸村と信玄を迎え、皆で夕餉を摂っている最中、信玄から話し掛けられた桜子は箸を止めた。
「ああ。明日は仕事が何も入ってないんだ。幸と城下町にでも出掛けるといい」
不敵な笑みを浮かべながら目配せされた幸村は赤面して俯いた。
「そっかぁ、なら信玄様も一緒に行こーよ」
「天女の誘いは嬉しいが生憎、他の女性達との約束があってねぇ」
「あはは…………、そーですか。あ、じゃあ謙信様は………」
「人混みは嫌いだ。」
即答され、少し間を置いて まぁ、いっか。と開き直り佳世に米のお代わりを頼んだ。
ほんとは、避けたかった
二人きりで長い時間過ごす事を。