第16章 ライジング・サン
ーーー桜子の事となると我を忘れ、平常心を失ってしまうーーー
あいつにのめり込めばのめり込む程に。
これまで幾度となくそんな有り様を曝してきた。
もっとどっしりと悠然に構えていなければ………
そう自分を奮い立たせようとしていたのだがーーー
「そこの見目麗しい君」
呼び止められた女中が振り向くと、ただならぬ艶気を醸し出した信玄様がにじりにじりと迫っていき、逃げ場が無い所へと追い詰める。
彼女の背後の壁にトン、と片手を付け
もう片方の手で優しく顎をくいっと持ち上げた。
「是非君と一夜を過ごしたい……その代わりに、俺を産室の中へ入れるよう手引きしてくれないか」
「いっ……いけません、そんな……」
口先では拒否しながらも、信玄様の色気溢れる微笑を至近距離で見せつけられたせいか……
女中は術中に嵌まったように瞳をトロンとさせ、手拭を抱えていた腕の力が抜けて徐々に下へ降りていきかけた…………
が。
スパァン!と産室の襖が開き、怒気を含んだ佳世が顔を覗かせた。
「ちょっとあなた!さっさと運びなさいっ!」
「!!…は、はいっっ」
強く怒鳴られ、術が解けた女中は手拭を持ち直しそそくさと中へ入っていく。
佳世は信玄様をキッ、と睨み付けると襖を乱暴に閉めて行ってしまった。
「………くっ!あと少しだったのになぁ」
指をパチンと鳴らして残念がる俺の主君。
「ちっ、しくじりおって」
その脇には舌打ちする謙信様と、二人を止めようとする佐助。
産室の前にどやどやと押し掛けてきて何をするのかと思いきやーーー
・・・・・・・
がく、と肩が落ちる。
男らしく余裕を持って待っていなければと自分に活を入れていたのに、
男の中の男と言っても過言ではない猛々しいこの甲斐の虎と軍神はーーーどうにか産室に進入しようと画策していたのだ。
しきたりもへったくれも有りゃしない。
俺以上の執念だ。
人が真面目に考えを巡らせていたというのに。
拍子抜けしたが、佐助と一緒に二人の主君をとりあえず落ち着かせようと説得していた。