第16章 ライジング・サン
草履を履かせて貰い、庭園に踏み入れると澄んだ空気が鼻から通り気持ちが良い。
秋の草花は瑞々しく、黄や紅に染まった木の葉はさわさわと風にそよぎ、
透明度が増した高い空には鳥の羽根のような巻雲が漂っていた。
「なぁ、気分悪くねぇか?」
「なんともないよ。逆に爽快」
心配そうにこちらを覗き込む幸は、手を引いてゆっくりと私の歩く速度に合わせてくれる。
その眼差しと繋がれた手肌からは思いやりがひしひしと伝わってくる。
「あのね、佳世さんが言ってたんだけど臨月でも適度に動いた方が良いんだって。安産の為に体力つけた方が良い、って。」
「……そうなのか?」
「うん。だから私が動く度に不安にならなくても大丈夫だよ」
「そ、か……。………安産か……安産……安産……」
ぶつぶつとうわ言のように繰り返す様がなんだか可笑しくて控え目に吹き出すと、「安産の何が可笑しいんだ」と真面目な顔で問い詰めてくるもんだから更に笑ってしまった。
「何笑ってんだよ。安産は大事な事じゃねーか。ったく………あ、」
ふと幸が言葉を途切らせ別の方向へ目をやったので、なんだろうと同じくそこを見ると
遠くから小さい毛玉が三つ、私達を目掛けて走って来ていた。
その後ろからは大きな犬が二頭ーーー。
「村正!」
呼ばれた村正はぐんぐんと走るスピードを上げ、幸に飛び掛かった。
私の足元には三つの毛玉ーーー村正の子ども達がキャンキャンと鳴き纏わりついてきた。
追ってきた母犬も辿り着くと静かに隣で伏せた。
仔犬を抱き上げようとすると、幸に止められ一旦庭石に座らせられた。
「物も仔犬も持つな。ほれ」
そう言って一匹を私の太腿に乗せてくれた。
ーーーどこまでも心配性なお父さんだね。
クスッと笑いながらお腹の中の子に心の声で話し掛ける。