第4章 『旋風』
「お前なぁ………だからって蹴り入れるか?普通」
「だってだってあのスケベ野郎が白昼堂々とあんな所で………っ!!!」
そう。あの時信玄様の股間に前蹴りをお見舞いした私は、それを知った幸に咎められている最中だ。
「もうっ!あんなチャラい奴が武将なんてっ………薄々感じてたけど……」
「………まぁ、女好きは度を越してるかもしれねーけど、あの人はそれだけじゃねーんだ。勘違いすんなよ」
やけに真面目な顔が、私の喉から出る非難を塞き止めた。
幼い頃から世話になっていて、自国が豊かであった時も一番の財産は家臣や領民であり、弱き者が虐げられる事が無い世を創るという信念を持ち、自分もそれに付いていくと。
身振り手振りを加えて信念様の事を次々と語り続ける幸を見ていると、どれだけ慕っているのかがよく分かる。
そういえば、宴の時も家臣達に気さくに声をかけていたっけ。
「………本人はお前に絶対言わねーと思うけど、信玄様は肺を病んでいるんだ」
「えっ…………」
「正直、いつどうなるか分かんねー。…………だから、多少の事は多目にみてやってくれないか」
………………そんな………
あんなに元気良さそうに見えるのに。
肺の病気……
それがもし現代医療なら治るものだとしたら………
この時代、きっと体を切って手術する概念など無いだろう。ましてやその知識さえも。
なんて自分は恵まれた環境に生まれたのか。
「…………………っ………」
「………おい、ってまた泣いてんのかよ!」
だって死ぬかもしれないんだよ?
人は皆いつか死ぬけど、あの若さで死を意識しながら毎日を生きるのはあまりにも辛過ぎる。
だから、きっと悔いの無いように人生を全うしたいのではないか。
目を覆って泣くその肩に、幸村の手がそっと回されようとした瞬間、すっくと桜子が立ち上がった。
「よし!謝りに行こう!」
確か信玄様は甘いものが好きって言ってたし、現代のお菓子をプレゼントしよう。美味しくてビックリするんじゃないかな。
「……ん?なに寝転がってんの、幸」
「…………いや、別に。」
手をすかされ、その勢いで倒れていた幸村は遠い目をして答えたが謝りに行くと去っていく後姿に表情を緩めた。