第14章 マイ・ガール ※R-18
………………………
「…………ほう。過去……ねぇ」
空を見上げたまま話を聞いていた信玄様は顎をさすり、ニッコリとした視線を寄越し酒器を指差した。
「これ、平蔵んとこの酒なんだ」
「知ってます、けど」
「平蔵といえば八重はどうしてるかな?」
その名前が出たと同時に俺の口から、含んでいた酒が盛大に噴射した。
「し……知らねーっすよ!」
「天女は知ってるぞ?」
「…………はぁ!?」
とんでもない焦りが生まれ、冷や汗がダラダラと流れる。
ーーーどうやら、今も尚定期的に城を訪れる平蔵は酒談義のついでに娘である八重が子を授かったと嬉々として桜子に話していたそうだ。
勿論八重と俺の関係を知らない桜子は笑顔で応えていたらしい。
「どうだ、焦っただろう。人は皆それぞれ過去があるんだ。お前の過去の方が断然タチ悪いんじゃないのか」
「…………」
ぐうの音も出ない。
惚れてもない女と寝てた、なんて桜子が知ったらどう思うだろう。軽蔑の眼差しを向けられたら俺は耐えられそうにない。
「なぁ、幸。“当たり前”がどれだけ幸せな事なのか分かるか?」
「……え?」
「生きて、話せて、共に笑って過ごせる………そんな当たり前を粗末にしていては、戦で命を落とした時必ず後悔する」
再び空へ細めた瞳をやる信玄様に胸が苦しくなる。
ーーー俺は、死ぬ覚悟で戦わなければならない立場だ。最期は、桜子の微笑みを思い浮かべて逝きたい。それなのに泣かせてどうする。
「それに……天女の過去だけに捕らわれてていいのかい?過去より現実を心配した方がいい。謙信は、天女の事を……」
信玄様が言い切る前に、佐助がバタバタと廊下を息せき切って走り込んできた。
「駄目だ!謙信様が桜子さんの部屋に籠もったきり、いくら呼んでも二人共出てこないんだ」
「………なんだ、それ」
「分からない……雰囲気がいつもと違ってて……まずいと思って止めようとしたんだけど……なにか心当たり、ある?」
…………………………
確かに謙信様は桜子を気に入っている。
信玄様は何を言い掛けた?
“天女の事を……”その先は?
いやいやそんな筈は……
でも……そんな、まさか。
「……嘘だろ?」