第14章 マイ・ガール ※R-18
「幸」
背後から、幼き時代より慣れ親しんだ柔和な声がした。
「信玄様……」
着流し姿の信玄様はゆるりと隣に腰を下ろすと酒器と羊羹が乗っている盆を傍に据えた。
徳利を手にし、猪口にとくとく注ぎ「ほれ」と勧めてきたので俺は受け取るや否やグイ、と飲み干し長い大息をついた。
「天女の脚の痛みは一過性のものだったらしいぞ。大した事無くて良かったよ」
「………」
………謙信様が処置したのだろう。
俺が身体に触れようとした時のあいつのあの嫌がりようーーー
もしかして、俺はもう………
「あの子と何かあったんだろう?」
星が瞬く夜空を仰ぎながら問う信玄様の横顔には、冷やかしやふざけた素振りは一切無い。
「ここ数日お前達の動向を観察してたんだ。ある日は片方が、またある日はもう片方が相手を憂いた目で追っていた。………先刻は天女が泣いて帰ってきたぞ。一体何があったっていうんだ」
そうだ。毎日がちぐはぐだった。
事の発端は桜子と女中等の話を聞いてしまったあの夜。だが、それ以前から俺の心の隅にあった邪な嫉妬がそもそもの原因なんだ。
好きだから、愛してるから、桜子の大事なものを奪った奴など斬り捨ててやりたいくらい憎らしかった。悔しかった。
そいつを語る桜子にも腹が立った。
こんな青臭い思考ばかり巡らせるのは、まだまだ大人になりきれていない証拠かもしれない。
そんなだから、嫌気を差されて当然なんだ。
阿呆か、俺は。
自ら注いでいた酒が、猪口から溢れて盆に広がっていく。
自力で消化するつもりが更に膨らんで、逆に桜子との関係が消えかけてるなんて。
傾けていた徳利にスッ、と信玄様の大きな手が添えられ、真っ直ぐに立てられた
出来れば情けないところは見せなくない。
でも、話さずにはいられなかったんだ。