第10章 『永劫』
「天女とは、正に君の事だな」
声に気が付き見ると、いつの間にか開いてあった襖に寄り掛かる信玄が頬を綻ばせていた。
「信玄様!」
「今日は一段と美しいよ、天女」
桜子は小走りで信玄の胸に飛び込んだ
信玄様…………
穏やかで優しくて、ちょっと女誑しだけどそこもまた魅力で…でもいつだって冷静に物事を判断出来る、大人な人。私の父のような存在。
その背後から佐助と謙信もぞろぞろと部屋に集まり、三人がきらびやかな桜子を取り囲む
「綺麗だよ、桜子さん」
「ありがとう、佐助」
佐助…………
タイムスリップして倒れていた私を助けここに住めるように口添えしてくれた。事ある毎に悩みを聞いてくれ、彼との現代人ならではのお喋りも楽しかった。大切な友達。
そしてもう一人、
「謙……」
そう言い掛けた時、バタバタと駆け付けた従者が襖の向こうで正座し頭を垂れ口を開いた
「御館様、真田家から迎えの者が到着しました」
「………そうか。では広間で存分に待たせておけ」
「はっ」
…………………
…………存分に?
支度は済んだのに何故だろう、と首を捻っていると横からコソっと佐助が耳打ちしてきた。
「この時代の武家では、新郎側から迎えが来てもすぐに花嫁を出さないんだ。家にとって娘がどれだけ大事かを示す為にわざと勿体ぶるんだよ」
…………………
…………そんな習わしがあったなんて。
「謙信様………」
「俺は骨のある鍛錬相手としてお前を気に入っている。………もう一度言うが鍛錬相手としてだ。その愉しみを奪われるのだ。易々と嫁にやる訳にはいかん」
そうこちらに左右違う色の瞳を向けた謙信に桜子の涙腺がじわりとした。
謙信様…………
最初は近寄り難くて苦手だった。だけど見ず知らずの私を上杉由縁の姫として城に置いてくれた。幸との約束を優先して手合わせを断ると密かに拗ねてて…そんな可愛い一面もある、大事な恩人。
……………………
三人を見渡すとーーー
桜子は涙を堪えつつ、お辞儀をした
「今までお世話になりました。皆、大好きだよ」