第9章 『狂愛』
「…………!!」
ハッとした幸村は桜子を自身の後ろに庇い、その様子を伺う。
光太郎は時折苦しげに呻き、ズルズルと上体を起こし傷口を押さえる指の間からは血が溢れていた
「……桜子」
よろよろと立膝をつくと、
怯えて震えおののいている桜子に視線をやった
「刺すならちゃんと刺しやがれ。………詰めが甘いんだよ」
……………………
そう、私は彼を貫く事ができなかった…………
本能が情けをかけたのか………、
脇腹を掠めたのだ。
しかし、斬ったことに変わりはない。
揺ぎ無い事実だ。
「あーあ、まったく……やってらんねぇや」
寄り添う幸村と桜子を尻目に
ニッと歯を見せると、腰を上げ前屈みで歩き出した。ポタ、ポタと血潮が滴る。
そのまま………
波打ち際まで行くと
瞼を閉じた
ーーー分かってた。
分かって、たんだ。
桜子の心は俺に戻らない、って事
無理矢理そばに置いといたって、幸せになんかなれない、って事
ーーーそんな事くらい、とうに分かってた。
でも………
そうまでしてでも、一緒に居たかったんだ。
愛してたから。
記憶に蘇る
制服姿の可愛い少女は
俺の腕をすり抜けて
綺麗な大人の女に成長し
人生を切り拓いていく。
ーーー愛する男と共に。
俺ひとりだけが、甘く楽しかった過去の想い出に取り残されていたんだ
再び瞼を開けると
左指から、銀の輪を外した
ーーー自分と、桜子の約束の証ーーー
大きく振りかぶると
ざわめく荒海の彼方へと投げ放った