第9章 『狂愛』
それは、一瞬の出来事だった。
だが
桜子には自分の一つ一つの所作がコマ送りのように見えて、いた………
「…………あ…………」
鮮血が、脚を流れ伝い足元の草鞋の編み目に滲んでいく。
ガクンと両膝が崩れ落ち
光太郎はゆっくりと、前方に倒れていった
…………………………………
桜子は握っていた脇差を手からするりと離すと
血と雨に濡れた砂上に落下したそれの傍らにペタンと座り込んだ
“どちらかが”
そう思った時には既に足が進んでいた
幸を守りたい、と。
ーーー私は、この手で、
かつて愛した人を、斬ったのだ
「あ……あ………」
己の手の平を凝視する。
肉に刃が食い込む感触………
噴出する血………
竹刀とは違う、刀の重み………
あの日………刀は持たない、と啖呵を切った私は今
それを用いて……
そして………
そして…………
「わ…た…し…………」
倒れた光太郎の身体の下からジワリと血溜まりが広がっていくのを見、
がたがたと震えていた私の身体を
走り寄ってきた幸が抱きかかえた
「桜子………」
「幸っ……私……私………っ!」
「……落ち着け、桜子、落ち着け……」
蒼白で取り乱す私の両頬に手を添え
目を合わせながらそう繰り返し、指の腹で撫でていた
………気を、鎮めようとしてくれていた
そうしている間に、
「う…………」
うつ伏せに倒れ雨に打たれていた光太郎の肩が、ピクリと動いた