第3章 『面影』
「あ~、お布団きもちぃ~」
部屋の褥でうつ伏せになり大人しくなった桜子を見て幸村は溜め息をついた。
「はぁぁぁぁぁ……………ったく、世話かけさせやがって。ちゃんと寝ろよ。…………」
言いながらハッとする。
暴れた際に乱れた着物が、桜子が敷布を堪能しながらモゾモゾとうごめく度に更に乱れ割れた裾から片足の太腿がニュッと飛び出し、緩んだ襟の合わせからはあわや肩まで見えそうになっているのだ。
『幸~。ヘンな事するなよ~。』
信玄の言葉がエコーとなって頭の中を駆け巡る。
(…………まずい。これは非常にまずい。)
「じゃっ……じゃあな」
早くこの場から消えねばと急いで立ち上がろうとすると、グッと袖を掴まれた。
「ねぇ」
「………なんだよ」
「私の名前、呼んでみて」
「は?」
「呼んでみて」
……………どうした、唐突に。
これ以上酔っ払いに付き合ってられるか。
ただ、問い掛けるその表情があまりにも“女”だったからーーーーー
「…………桜子」
「もっかい」
「桜子桜子桜子桜子桜子桜子桜子。…………あーもう口回んねー。いーだろ、これで。」
ふふっ、と満足そうに微笑むと全身に掛け布団を被り「んじゃオヤスミー!」と唯一出した手をひらひらさせていた。
微かな期待が外れて肩透かしを食らったがまぁ今はまだこれで良いだろう。
「訳分かんねー。……………ま、おやすみ」
桜子の部屋をあとにした幸村は宴へ戻ろうと廊下を歩いていた。
「……………なんなんだ、あいつ」
突如現代から現れて、黙っていれば器量が良いのに男みたいに口が悪くて。
怒って、泣いて、暴れて。
でも、笑った顔が最高に可愛くて。
嵐のような女だと思った。
このままいっそ巻き込まれてしまおうか。
足取りが軽い。頬が緩んでいくのが自分でも分かった。