第9章 『狂愛』
『…………なぁ、本当に後悔しねぇのかよ。ここに残って』
『ーーーしないよ』
『親ともダチとも、もう会えなくなるんだぞ?』
『うん』
『現代には便利なもん沢山あんだろ?医術だって発展してるらしいし』
『うん』
『お前の好きな食い物だってなんでも……』
『でも幸はいないよ?』
『…………え』
『現代には色んなものが揃ってる。でも、そこに幸はいないもん』
『…………』
『だからここに残るの。ここには幸がいるから』
……………………………
いつだったか
桜子そんな会話をしたと、
脳裏に蘇る
ーーーあいつはそう言って、笑っていた。
愛しくてどうしようもなくて、
決して離さないと己に誓ったのに
誓った、のに
「余所見をするな」
力が抜け指の腹から槍がこぼれ落ちた瞬間に
節々ががっしりとした大きな手がそれを受け止めた。
ピクリと目線を真上から横に移すとやや顰めた眉をした主君が俺の槍をこちらに差し出した
「幸、戦場では何があろうと気を抜くな。呆けていてどうする」
「………すみません」
「なんて、面だ」
「これは……雨のせい、っすよ」
雨のせい。
武人たるもの戦の最中……ましてや女の事で涙を流すなんて痴態を晒すのはこれまでの自分には有り得ない愚行だった
だから、今もなお目の縁から湧き出るものを雨のせいにして全て流し切ってしまえばいい、と。
「北西へ行け」
俯いて槍を受け取ると同時に
信玄様が発した言葉に反応する
「今しがた従者から報せが入った。あの子が北西方面へ連れ去られた様子を目撃していた者を斥候が発見した」
「………!」
「志乃からの朗報だ」