第9章 『狂愛』
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木々の間をすり抜け、
桜子を抱えた男は謙信が放った斥候の目を巧みにかいくぐり、ひた走っていた
「んんっ………う………」
口を塞がれ藻掻く桜子を、光太郎は憂いを含め見つめた
「ごめんね、大声出されたら困るんだ………食事する時だけはちょっと帯外してあげるからそれまでは我慢して?」
「うう………っ!」
桜子はぶんぶんと首を振った
ーーー助けて
誰か
幸…………………………
………………………………………
涙がこぼれ肩で弾ける
ーーー助けに来る筈が無い。
武将として敵と戦ってるだけで、きっともう私のことは眼中にはないんだろうな
だって幸を傷つけてしまったから
終わりだ、と告げられてしまったから
「…………っ、」
喉の奥が苦しくなり、急激に咳込み身体を丸めた
「桜子!」
慌てた光太郎は人目を気にしながら
丈の高い草むらに桜子を隠し座らせた
「大丈夫か?………ひっきりなしに唸るからだよ……待ってろ、水汲んできてやるから」
そう心配そうに咳込む小さな背中をさすると、
辺りを警戒し付近の川まで足を早めた
「げほっ、げほっ、…………っ……」
桜子は項垂れていた顔を上げ
鼻から空気を吸い懸命に落ち着かせていた
が
「見ぃつけた。」
………………………!
見上げると
低い箇所に生える枝に膝の裏を引っ掛け
逆さまにぶら下がる女の笑顔が、
自分の真上でゆらゆらと揺れていた
(なに………?この子…………)
すっ、と手が降りてくる
「こんにちは。」
私にそう話しかけるその子の
指先が黒ずみ
血が固まっているのが、目についた