第9章 『狂愛』
ーーー三年前ーーー
とある海
波打ち際に仰向けで倒れる人物ーーー
『…………おい、これは死体か?』
声が、する…………
『………生きてるみたいですね。なんだ?この腰巻きみたいなやつ。風変わりだな』
自分が履いている水着を小突かれている感触………
『う………』
身体を揺らされ、
溜まっていた海水を吐き出すと
げほげほと咳込んだ
『お、覚めたか』
朦朧としたなか見やると、
中年の男が至近距離に居てビクリとした
そいつを中心とした、複数人に取り囲まれている……………
『まぁ生きてようが死んでようが関係の無いことだ。………………』
中年の男はそう言いかけ、
俺の顔をまじまじと凝視した
『お前、その面ーーー………いや、こんな所に居る訳がない』
ブツブツとよく解らない独り言のあと、
名を問われたが
…………………思い出せない。
家族も、家も、過去もーーー
自分が何者でどうしてここに居るのかも…………
『……何も、憶えてない…………』
俺が放心していると、
その男はニヤリとし手を差し伸べた
『面白い。お前のその面、今後なにかに役立つかもしれん。…………………俺達と、来い』
まるで拒否権を与えないような威圧感だった。
誘われるがまま、付いていくしかなかった
消滅した記憶ーーー
でも
途切れ途切れに誰かが自分に呼び掛けている残像だけが微かによぎる
ああ
誰、だっけ…………
すごく、
大事で大切なーーー
………………わからない!
“こ………う…………”
明確ではないが
そう、呼んでいた気がした
『………名前、あった』
集団と共に移動中、ボソリと呟く
『ん?』
『コウ。たぶん俺の名前はコウ、だ』