第9章 『狂愛』
佳世と話を終え、
幸村がフラリと足を運んだ先ーーー
「…………………」
何度も訪れた事のある部屋。
主を失くし静まり返っていた
桜子と初めて顔を合わせたのも、ここだった。
脚を晒した妙な衣を着たあいつに密かにドキリとした
大人しいお飾り人形みたいな風貌には
似合わない口調
似合わない所作
男に楯突く生意気な瞳
その割には泣き虫でーーー
出逢ったその日にはもう好きになっていた
何気無く目についた棚の引き出し
開けると、
文字の書き取りを練習したのであろう紙の束がぎっしりと詰められていた
パラパラとめくっていくと、
合間に自分の名前が記されたものが数枚あった
「…………………」
ーーー書きかけの恋文
覚えたての文字や文章を用いて懸命に書いたはいいが、分からない漢字につまづいたのか中途半端な箇所で筆が止まっておりどれも未完成だった。
「………所々、字、間違ってんじゃねーか。墨の付け過ぎで滲んでるし。………………」
視界がぼんやりしてきた矢先、
文を持つ指や紙の上にぽつぽつと水滴が落下した
連日、
あいつは赤い目をこすって瞬きばかりしていた
練習やら宿題やらで忙しい中、
俺への恋文を完璧に仕上げる為何枚も書き直していたのか
「……………っ」
衣桁に掛かっていた見慣れた着物を無造作に取り、
抱え込んだ
(桜子の、匂いだ…………)
ーーーずっと、夢中だった
思いが通じ合ってからも、
結ばれてからも、
ずっとーーー
“惚れたもん負け”とはよく言ったものだ。
あいつは剣術で俺に勝った事が無い
負けたくない、とベソをかく
でも
自身の心にある桜子の存在の大きさに俺はいつも負けている。
これからもきっと負け続けるんだろう
幸村は着物を頬に引き寄せ愛しい香りが全身に染みていくのを感じていた