第8章 『狡猾』 ※R‐18
越後の朝は寒いーーー
起こしに来た女中に促され、
もぞもぞと褥の中で蠢く
「もはや朝………」
昨夜も遅くまで文字の読み書きの練習で、数時間しか寝ていない。
(頭、痛い……)
寝ぼけ眼で着物に着替える。
「準備は出来ましたか?」
「はい…」
早朝からしゃんと背筋が延びた佳世さんが部屋にやって来て文机に道具を広げる
光太郎と会わなくなってから三日目ーーー
私は物寂しさを感じていた。
あんなに晴々しく別れたのに、なんて諦めが悪いんだろう
一緒に昔話をして、好きな音楽聴いて、歌って笑って………
楽しくて時が経つのが早くて………勉強のストレスも消し飛んだ。
だが二か月後には、居なくなる。
せめて、あと一回でも会えたら…………
(……なに考えてんの私!?集中、集中!)
止まっていた手を動かし、硯に固形墨を擦る。
ーーー今日は幸が帰ってくる予定だ。
なのに私は他の男の事を思い描いている。
……最低だ
(早く幸に会いたい。幸に会えばきっと光太郎のことを忘れられる)
早く帰ってきて、早く……
「……様、桜子様!」
「……!は、はいっ……」
我に返り、
拍子に筆を指から落としてしまった
「私の説明お聞きになってますか?……ここ数日、ずっとうわの空じゃないですか。どうなってるんです?」
「ごめんなさい……」
「だいたい、貴女は、………」
ガミガミと叱る佳世さんの声が寝不足の脳に響く。
(頭痛い………眠い………)
うるさい。
うるさい!