第3章 『面影』
「はぁっ………はぁ…………はっ……………」
顎からポタポタと滴る汗を流している幸村が突き出した竹刀の先には、尻餅をついている桜子がいた。
「…………………………」
最後は、力負けだった。
竹刀を合わせたまま踏ん張っていた足も耐えきれずズルズルと後ろへ滑り、押し弾かれ、その勢いで今に至る。
寸止めの状態だった竹刀を下ろし、桜子の近くに歩み寄った。
「……………おい、立てるか?」
「……………………」
「どこか痛めたのか?」
「……………………」
俯いたままだった。
幸村が腰を屈めて覗き見ると、大粒の涙をこぼしたままクシャクシャに歪めた顔があった。
「なっ………!」
子供のようにしゃくりあげて泣く様子に焦り出す。
「お…………おまっ…………なに泣いてんだよっ!」
「悔しいぃぃ~…………」
「わぁっ、だからって泣くなよーーー!!」
なんなんだ、こいつは。
剣術で男に負けて悔し泣きする女なんて聞いた事も見た事も無い。
回りにいるのは品行方正で慎ましく、三歩下がって歩くような女ばかりだ。
肩を並べて張り合ってくるなんてこいつ位しか居ないんじゃないだろうか。
……………可愛い癖して。
「駄目じゃないか幸、天女を泣かすなんて。お~よしよし」
いつのまにか駆け寄って来ていた信玄が桜子の肩を抱き頭を撫で回し始めたので、それまでの幸村の思考は一旦停止した。
「どさくさに紛れて何やってんすかっ!」
「いつから女性を泣かせるような男になったの?幸。」
「佐助まで………っ!………………あーーーーーもぅっ!!」
信玄と佐助から思わぬ非難を浴び、バツが悪そうに懐からゴソゴソと手拭いを取り出す。
「ほら、拭け。」
ぶっきらぼうに差し出されたそれを、桜子は手に取り顔を上げた。
「鼻水、垂れてら」
ふっ、とそう柔らかく笑みを溢した幸村が、もう一人の人物と重なって見えた。