第8章 『狡猾』 ※R‐18
「「「おはようございます、奥方様」」」
「もう一回♡」
「「「いってらっしゃいませ、奥方様」」」
「ん〜もう一声♡」
翌日ーーー
春日山城の台所では、整列した女中数人が桜子の合図で台詞を連呼させられていた
「…………何をしているのです」
「あっ、佳世さん!」
怪訝な面持ちで現れた女中頭・佳世は並んでいる女中達に向け掌をパンパン、と叩いた
「あなた達!姫様の遊びに付き合ってないで各自持ち場に戻りなさい!」
「「「は、はいっ」」」
佳世の迫力に恐れをなし、慌てて散っていく。
「あー!…もうっ、せっかく予行練習してたのにー!」
そう、とうとう私は憧れの“人妻”になるのだ。
女中達も喜んでくれるのを良いことに、浮かれ気分で奥様ごっこを楽しんでいたのだが。
ノッてくれない仏頂面がここに一人。
「……はぁ……何をしてるかと思いきや……まだ祝言すら挙げてもいないのに気が早いのでは……それにしても何故台所に?」
「ちょっとおかず摘まんでて。夕餉まで待ちきれないんだもーん」
そう言いながら煮物が入った鍋からサッと芋を手に取り食べていると、佳世の口元が弧を描いた
「やはり手を打っておいて良かったわ」
「え?」
「貴女の教養の無さを危惧し、マトモな姫として嫁げるようにと私が信玄様に教育係を申し出たのです」
「教育って……」
「簡単に言うと花嫁修業、です。覚悟はよろしいですか?」
笑顔だけど、目が笑っていない佳世に
桜子は言い知れぬ恐怖を感じた
(…………はぁぁぁぁ!?)