第3章 憎悪
「知ってる。でも! 今以上に辛いことなんかないわ!!」
ああ、これが人間だ。
俯き、拳を握る彼女にスッと心が冷えていくのを他人事のように感じる。
この人は、止めてほしいのだろう。
馬鹿なこと考えないで。
この地を離れたらどうだ、と。
そうでなければこんな話誰にも、ましてや初対面相手に言わない。
ただただ愚痴として外に出して、後々面倒なことにならないような。
一度きりの相手に全てを吐き出したいのだろう。
けれど、相談した相手が悪かったね。
もう、戻れないよ。
今まで表情を作っていた力を抜き、ノートにサラサラと認(したた)める。
『今、お財布の中にいくら入ってますか?』
筆談で、と書き足す。
彼女は眉をひそめたが、ゴソゴソと鞄の中を漁り始めた。
『3万ほど』
……3万か。ちょっと割りに合わないけど、仕方がない。
『なら、そのお金で彼女を殺せる、と言ったら?』
音子さんの目が大きく見開く。そして少し考える素振りを見せ、頭を立てに何度も振った。
交渉、成立だ。
あなたの言葉通り、今の生活を終わらせてあげる。
にやける口元をなんとか引き締めながら、私は詳細を書き記していった。