第3章 憎悪
「なんだかすんごい落ち着く。良いお店だね」
「ありがとうございます。ゆっくりしてって下さいね」
一ナノメートルも思ってないけど。
メニュー決めに数分かかったそいつはそいつはカウンター席に座りニコニコとこちらを監視する。ちなみに注文はコーヒーだけ。
タイミング悪く常連さんが全員帰ってしまい、今店内は私とこれだけだ。
何でこういう時に限って皆帰っちゃうの? 普段は閉店の14時までいるのに。
「そういえば、お客さん帰るとき何で"いってらっしゃい"なの?」
「……ここの常連さんは会社員さんが多い上、私を心配して下さるとても優しい方ばかりなんです。でも私が皆さんに出来るのは料理とお話するだけで」
少し店内を見回す。内装は出来るだけ木造にしてあるが、席同士が近いため寛げはしないだろう。
「だから、"一日頑張って下さい"と"また来てください"を込めて使ってるんです」
我ながら、何言ってるんだろ。こんな小っ恥ずかしいこと話すなんて。よりにもよって、襲われた相手なんかに。
「みーこちゃん、見た目も内面もすんごい綺麗だね! 僕よりも年下に見えるのに相手のこと想ってて」
人差し指で頬をかいていると、ピンクが目を煌めかせながら迫ってきていた。
この顔だけ見たら、一般人にしか見えないんだけどな。
「あ、まだ名前言ってなかった。ごめんね? 僕はトド松! これから毎日通うよ」
口先だけの礼に彼は人懐っこい笑みを浮かべる。
待って待って。通わないで。毎日その顔見たくない。やだよ、あっち側の人に通われるの。
ここは穏便に、丁寧に。なおかつきっぱりとお断りを……
「あの、すいません」
「こ、んにちは」
ああ、よかった。やっとお客さんが来た。
けれど、少し様子がおかしい。警戒するかのようにしきりに周囲を見て、眉をひそめている。
経験上、これは。
「奥、いいですか?」
この言葉で確信へと変わった。
この人が今回のクライアントだ。