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第2章 いとわない泡沫/網問


彼女の存在する時間帯は夜。朝になると、どこかへ行ってしまっていた。

今夜も彼女はいた。いつものように浜に座って、尾ひれで打ち寄せる水をパシャパシャやっている。
びっしょり濡れた髪は、頬や肩にはりついていて、下半身のうろこは水面みたいに月明かりできらきらした。

そんな彼女のことは、おれしか見えていない。他の…お頭や鬼蜘蛛丸の兄貴や皆には、彼女が見えないのだ。




「こんばんは…」

おれはそっと話しかけた。急に何か行動を起こすと、彼女はもろく消えてなくなってしまいそうだったから。
彼女はとてもきれいで、まるで透けるような白い肌をしていて、それこそ今にも消えそうに思わせた。



「…こんばんは」

彼女も、きれいな音を口から出した。

そっと彼女の隣に腰を降ろす。
目の前に広がる瀬戸の海は、夜の闇が溶け込んだみたいに深く黒かった。

彼女は未だ水をパシャパシャやる。その水もまた目の前の海の如くどす黒い。彼女の水面のようなうろこと尾ひれがよく映えた。



「…君はどこから来たの?」


ずっと思っていたことを、口に出した。彼女はおれに視線をよこす。


「遠くから来たのよ」

「……」


遠く、とはどこなのか訊ねたかったけど、訊いてはいけないような気がして、おれは視線を外した。
水を吸い込んだ浜。



「触ってみてもいい?」

おれはまた問いかけた。


「どうして?」

「君がここにいるのか、確かめたいんだ」

おれの言葉に、彼女は小さく頷いた。それを見届けた後、おれはそっと指を伸ばす。
急に触れたら消えてしまいそうだった。
彼女の濡れた白い頬に、ゆっくり指先を滑らせる。冷たいけど、触れた。良かった……ここにいる。
「ここにいる」

「そうよ、ここにいる」


でも、それでも不安は解消されない。彼女はやっぱり今にも消えそうに白かった。
…すると、


「おーい」


急に誰かに呼ばれて、振り向いて見たら間切がいた。こちらに歩いて来る。


「網問、どうしたんだよ一人でこんな時間に…」



…間切にも、彼女は見えていないのか。
思わず彼女を見ると、彼女の座っていた浜には、何も無かった。本当にいなくなってる。

彼女に触れた指に、小さく泡が残っていた。朝焼けに輝いたら、白くはじけ、消えてしまった。



また来てくれるだろうか。
おれは指先をそっと撫でた。
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