第4章 花降る土曜日/片桐
革を、靴の木型に打ち付けると、机のうえの花が揺れた。トンカチに合わせてふるふると首を振るのが、視界の端にちらつく。
おれはその花に、赦しを求めはしない。贖いはいつでも可能だし、数年後には、それは差し迫っていることだろう。床が消え、おれの首の骨が外れたときでさえ、他人がおれを赦すかどうかという対外的なことは、しかし問題ではないのだ。
それは弁護士の敗北でも、被害者側の勝利でもなく、おれの死だ。
そしてトンカチの音のなかで、おれは看守が独房を訪問していたことに気づかなかった。廊下で「おや」と呟いたそいつの目には、迎えるおれの肩越しに、机のうえの花が見えただろう。
「この頃雰囲気が変わったみたいだね……なにかに似ているよ。この感じは」
おれはそれに答えず、ただそいつの手にあるものに、視線を落としていた。
「ああ、作業中に失礼するけどね、今年もチョコレートが届いていたから」
平たい箱を、おれの手に乗せると、相手は笑みをこぼす。
「そうだ。バレンタインで思い出した。この感じはまるで、最近恋人ができた男友だちの部屋に来たみたいな、そんな気分だよ」
「恋人、だって」
ドアを閉めると、背後から少女の声がした。ベッドに座って、クッションを抱き締めた女性名が、目を閉じている。
―――クッションは元々なかったのだが、部屋に持ち込まれる差し入れを、このちいさな少女がほしがるので、そのまま置かれることになったものだ。
つまり、花もそうなのだ。
あの看守の喩えは、女の趣味が身辺に取り入れられたという点では、まさに的確だったな。いつもは受け取らないものだったが、女性名が興味津々の様子なので、おれはそのまま飾ることにした。
看守はまさか、この刑務所に女がいるとはおもわなかっただろうが。