第4章 花降る土曜日/片桐
「珍しいね。アンジェロ、お菓子をもらったの?」
「ああ……バレンタインデーらしいからな、国からチョコレートが届く」
「国から!」
いいな、と女性名が目を輝かせるので、おれはその箱をあっさり渡してしまった。
「ううん。逆よ」少女はきょとんとする。「『いいな』っていうのは、わたしがあなたにチョコをあげられたらいいのにってことよ」
おれは息を飲む。
「おれに菓子をやるなんて、ポルターガイストみたいな真似はよせよ」と嗜めることばも飲み込んで。
女性名はしかしおれの横で、箱を開けるのだった。
なかで転がるのはたくさんのチョコレートだが、ビスケットがまるで持ち手のように刺さっているのがとても奇妙だった。
机に箱を置くと、女性名はそれを、ひとつひとつひっくり返して見る。
「『片桐』さん、あるかしら」
「印鑑か、それ」
おれもひと粒摘まむと、チョコレートには「山本」という型が押されていた。
それを女性名のほうに差し出すと、彼女は口を開け、おれは放り込む。美味そうに微笑むのを見ていると、きっとこれからも、この部屋には少女趣味の物が増えるのだということが、おれに否応なしに突きつけられるのだった。
「これ、なんて書いてあった?」
「山本……。その菓子、有名なのか」
「ええ。アンジェロ、ちいさい友だちがたくさんいるのに、あまりお菓子や玩具のこと、わからないのね」
首を傾げると、少女特有の繊細なその髪は、栗色に透けた。
首には痣。
その背後で窓が、一瞬暗くなる。ドンと、なにかが外からガラスを叩いた。
今度はベッドの下でなにかちらつくものがあり、おれはそれに躓かされる。「ちいさい友だち」だ
「う、ぉ」
おもわず、女性名の膝に被さることになった。あいつら、じぶんたちのことを口に出されて、反応したらしい。ベッドの下にみっしりと潜り込んでいるそれらを想像すると、おれは身動きも忘れる。しかし転んだ先には、チョコレートが差し出されていて、おれはどうにか首を動かすことができたのだった。「片桐さん、あったわよ」