第3章 ネオン・ド・チェリー/間田
クラブの非常口で女性名はおれにキスをし、耳を噛んだ。すると、おれは思い出す。彼女はさっきその口で、点滴パック入りのドリンクを啜っていたのだ―――耳、痛い!―――おれはこの長い黒髪の吸血鬼の腕のなかで、もがき呻いた。
そして不安につけ入ったように、突然、バスドラムの音がおれの骨に襲いかかったのだ。
音が突き上げる。
浴びせかけるような音の洪水じゃなく、ダブステップはあきらかな意思で、ひとを犯してくる――――関節が緩められ、腱がめろり、と剥がれ、いまにも骨格が弾け飛びそうだ。
吸血鬼の牙で右耳の軟骨が砕け、
ちぎれる!
「この曲、やだ…」
ふと気がつくと、おれは女性名にしがみついていた。
ズボンを押し上げていたおれの性器の先端を、彼女の指がつつく。
「!」
「感じているの?」
なにに――――女性名は目で問い、傾げた首から胸へ、さらりと髪が滑った。耳の痛みに? ダブステップの音楽に?
目のまえの女のことばが右耳に絡むとともに、おどろおどろしいダブステップの轟きが背筋を走る感覚は、恐怖に似ている。「敏和は細いのね。折れてしまいそう」
「それに、華やかだわ」
「…おれにはいちばん縁がなさそうな形容だけど」
「そうかしら。敏和、獅子座生まれでしょ? ひとから注目される生れつきなのよ、きっと。わたし、ひと目見ておもったの。蝶々みたいなひと―――って」
骨や腱が緩んだいまのおれは、女性名の力で、きっと呆気なく「握りつぶされる」。蜘蛛が脚を使って全身で獲物を握るように。くしゃりと。
人間とはまるで構造の異なる生きものになったように、折り畳まれて、腕も脚も耳も区別がなくなって、ひと塊のおれは死ぬのだろう。
☆
Happy Halloween!
未成年の入れるハロウィーンのクラブイベントでのお話でした
女性名ちゃんは石仮面を被ったわけではないのです。吸血鬼は蜘蛛のことです