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JOGIOショート

第25章 今晩は、お嬢さん/片桐


「 」

なにかことばを話したかもしれないけれど、そうでないかもしれない。
わたしは窓に頭を叩きつけられて、ようやく、彼のことばを聞いた。



「てめーはなんでふつうの乗用車じゃあなくて、こんな無駄に目立つ車に乗ってやがるんだ。たったひとりで気取って」





それだけじゃあないはず。いや、ほんとうにそれだけだとしたら―――運転手さんは殺されてしまっただろうと、彼の眼からわたしは読み取った。なのに、わたしは意識朦朧として、ただ彼の顔を飽きず眺めているだけだ。なぜこの車を襲うのか、理由を問うこともできないなか、なにかが床に落ち、金属的な音を立てて、転がっていったようだった。


痛みは、痛みでしかなかった。そのときのわたしにとって、痛みは、危険をしらせるものや、恐怖を煽るものではなかったのだ。「怖がれよ」と彼がいった。





「でき…ないわ」

じぶんでも意外なほどしっかりした声が頭に響いた。

身内を、殺されてしまったのに。ふわりとリボンタイが落ち、ブラウスは破れている。それでもわたしは、理由もなく突然現れて日常を滅茶苦茶にしたこの男に、感謝していたのだ。こころから。

わたしがこの長い車に乗せられているのは、これから客人の一家を迎えるためだった。だけど、ここに乗り込んできたのがこの男で、ほんとうによかった。



わたしの薬指に、もはや指輪の感覚はないのだから。





「てめーおれの顔をしらねーんだな」

「……」

「うんざりするな、家にテレビでもコンピューターでもなんでもあるんだろ。なのにおまえは見ねぇっつーのか?」


そう吐き捨て、男は座席に崩れ落ちているわたしの唇に自身のそれをいきなり押しつけた。
このひとはキスができないのだ。わたしから彼の唇を吸うと、彼はわたしのブラウスをまさぐったが、きっと彼の股間は萎れきっているだろうことがわかっていた。
わたしが、相手のもっともいやがるであろうことをいってしまったから―――あなたを愛していると。





  ★


やっと虹村と間田以外のキャラクターを書けました。アニメの、色白マッチョの怪しいアンジェロを意識してます。
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