第25章 今晩は、お嬢さん/片桐
夜闇にぬっと滑り出てきた自動車は、運転席をわたしの視界から過ぎ去らせて、数秒後、ようやくその後部のドアを現したところで、音もなく停まった。
黒いガラスのドアが開き、入ると運転手の姿がない、ショーファードリブンカーだ。
ソファー然としたおおきな座席に取り囲まれるその中心に、キャビネットのガラスが光っている。
なかの色とりどりの瓶に染まった光が、ひとりぼっちのわたしの瞳に映りこんでいるだろう。
この座席に座っているわたしの気持ちは、運転手とおなじものだと、おもおうとする。ちいさなころから仲良くしてくれた運転手だ。彼の肩や、バックミラーの目を見ながらお話しし、わたしはいつも車に揺られたから。
だから彼が仕切りの向こうで、わたしと遮断されていることに、違和感をもってくれていると信じたかった。
そうすれば、下世話なほどおおきな座席の座り心地も、いくらかマシになる気がした。
だけど、そのとき俄かにキャビネットの瓶どうしが高く鳴った。
わたしのからだは座席に投げ出される。走行は、長くは続かなかった。
揺れる車内で運転手のなまえを叫ぶも、返答はない。
急停車したようだった。
車体の長い車はあたかもひとつの部屋であるかのように、水平で静止した。なかのわたしといっしょに、魔法のように。
しかし、スッとドアが開いて、時間の止まった写真の部屋に、ひとりの巨漢が侵入したのだ。
胸が膝につくほど屈んで、ゆっくりと入ってきたその巨漢は、写真のなかの天井に頭をつけ、たったひとりのわたしを、見下ろした。