第24章 魚だって飛ぶ時代/岸部
「先生は週末にはお仕事を終わらせているそうでしたね。きょうが金曜日でよかった」
「ええ、すでにきのう、編集部へ原稿を送りましたからね」
「でも、露伴先生、さっきわたしを見て面食らっているみたいでしたが……ほんとうは、ご用がおありなのでは」
どういえばいいのかわからず、ぼくは戸惑った。確かにぼくは、午後は市内の紳士服の店を見に行こうとかんがえていた。でも―――
「…というより、用が済んだんです。ちょうど、女性名先生に会いに行こうとしていたのに、あなた本人が来てくださったたから、こんなことがあるのか、とおもったんですよ」
客をダイニングへ案内すると、お茶を淹れた。テーブルに、彼女は手に提げていた、牛のイラストの紙袋を置く。
「杜王に名品あり」。
「東北へは旅行ですか」
「ええ。牛タンが食べたくて」
湯飲みを置いて、ぼくはいった。
「高価なものをいただきましたが、ぼくはガロを手放しませんよ」
「そんなつもりではないですよ。わたしも、あのあと古書店を巡って集めることにしましたから。逆に露伴先生のおかげで踏ん切りがついたのです」
「でも、ぼくをランチに誘うなんておかしい。みんな、ぼくと話すとすぐにケンカになってしまうとおもっているんだから」
「あはっ」
女性名はお茶に噎せる。ああ、ぼくはただの知人になにをぶっちゃけているんだろう。
「……あなたはその見た目に反して、ぼく以上に前衛的な漫画家だ。しかも青林堂がいつも潰れそうだから、原稿料をもらえていない。なのに、集英社から優遇されている立場のこのぼくに、ムカつかないというんですか。むしろ…おもしろがっているみたいだ」
そこまでいって、ぼくはふとかんがえる。はじめて誌面で、このひとの作品を見かけたときの気持ちを。
そしていま、牛タン味噌漬けを頬張るその女性に、脈絡もなく、ぽつりといった。
「先生の作品、ぼくは毎号読んでいますよ。ほんとうです」
あなたに会えてよかった、とぼくは素直におもっていたから。
「どうもありがとうございます」
さもおかしげに相手はいった。