第24章 魚だって飛ぶ時代/岸部
〔―――それで、先生は女性名先生と親交がおありと聞きましたから、ご連絡をと〕
「そうですか。残念なことでしたね…葬儀には出たいな。いつだか、わかりますか」
二十年の人生で、ひとの訃報を聞くことはおおいわけではなかった。
ぼくはそのとき、自身がひとから「わがまま」といわれることがあるのをわけもなく思い出してしまって、おもわずそっと尋ねる。
だが相手の青林堂社員は、感情の読み取れない声で答えた。
遺体を検視に出したので、葬儀の日程は決まっていないという。ただ、決まればすぐに電話するとのことだった。
死因は発見された状態から、概ね飲酒のあと入浴し、溺死したものと見られている。
受話器を置きながらぼくはおもった。
親交がある、というほどでもないさ。
女性名という漫画家は、ガロで連載を持っていたが、自身が載る以前の号を読んでいたわけではなかったらしく、既刊を読みたがっていた。それで、一度ぼくが古本コレクションを見せてあげただけだ。
その一度だけだった。そして、それきりになったわけか―――
礼服を揃えようかな。そうかんがえていると、インターホンが鳴り、ぼくは玄関へ向かった。
ドアを開ければ、穏やかな空が広がっている。
その下に、見知った女性がひとり、立っていた。
「こんにちは。お宅を訪問するのは二度めですね」
まるで教師みたいなタイトスカートの女性だった。くたびれたところのないエナメルの革靴。ぼくは品のよいその微笑みに、目を疑う。
「……ああ、お久しぶりです」
こんなことがあるのか、とおもわず呟いてしまう。
味噌の香りがする、という感覚だけはリアルで、とても緊迫したものだったが。