第2章 この世のすべてでありますように/ジョナサン
「ほっ」掛け声高らかに、女性名は幹にしがみつく。書物や飲み物の入ったバスケットがガサリと鳴った。
ぼくは幹の反対側をすいすい登っている。
ぼくの脚よりも女性名の脚のほうが長い。彼女はいちばん低いところの枝にすぐ足を引っ掛けることができた。
もっと小さいころ、ぼくはその枝にたどり着くにもたいへんな苦労をして、年上の子に手伝ってもらわなければならなかったのをおもいだす。
ダニーが尻尾を振りながら女性名の足元をうろうろした。
「ジョジョは速いですね」
「ぼくはこの木をよくしっているから…はじめて登ったときは女性名よりずっと遅かったよ」
「わたしはおとなですから」
足場を探しながら、女性名は笑う。
彼女より体格のちいさいことを痛感し、ぼくはなんだか焦らされる。
ぼくは紳士を目指しているからだ。結果としてはおおきな敵は倒せないかもしれない…しかしどうしても立ち向かわなければ、生きている証明を手放してしまうようなことだって、ある。
「ぼくの体格は女性名に追いついてきてるよ。そうでしょ」
「ジョジョはみるみるおおきくなりましたね…」
まるでむかしからしっているよその家の子どものことを話すかのように女性名はいった。
はじめてお屋敷に来たとき、ぼくの背の高さはまだ彼女の肘くらいで、つぶらな瞳はいつも泣きそうだった―――――としみじみ語る。
「よその家の子ども…ぼくはそれだけなの?」
「よその家のおばさんでも、友だちにはなれますよ」
「…ほんとうに?」
木漏れ日のなかに、女性名はすぐ到達して息を切らす。
ぼくが優雅に座っているところよりすこししたの枝に、女性名はお腹を当て、バスケットを掛けた。
「あなたをここに連れて来たかったんだ」
ざわつく葉のなかでぼくは目をつぶる。
「この数年でいちばんおもしろい遊びでした」
女性名も深く息を吸って、木を感じている。
「ねえ、今度からここで勉強しようよ」
いまは執事が決めた勉強の時間なのだけれど、まるで遊びに誘うように、ぼくはいった。
そのとき、丘のしたを馬車が一台通って行った。
ダニーが挨拶のように鳴く。あ、とおもうと、女性名の心はもう、ここにはない。