第22章 いのるの/形兆
「形兆」
おかえりという代わりに、半纏すがたで玄関まで出てきた女性名は、まだ雪も払わないコートごと、おれに抱きついた。
「離れろ風邪引きてえのか!」
おれのことばに拘わらず女性名は笑い、冷たさに声をあげた。
「頭に雪積ってる。もうひとつ頭が乗ってるみたい」
「すげえ雪だったぜ…」
「あたしも出る」
「だめだ。だれのためにひとりでスーパーまで買いに出たとおもってんだ」
「ずるい」
「ずるくねえんだよッ!!」
おれの周りをぐるりと回ってもどってきた女性名の手は、おれの雪を払い落としてすっかり赤くなっていた。しかしその手には、なぜか雪玉が乗っている。
「こんなに積ってたわ」
「払い落としてたんじゃねえのかよ…ッ!!」
「冷凍庫に入れておいてもいい?」
「なんでそんなもんを…!」
ゴトリ、と玄関の床に買い物袋を置く。「まあ、冷凍庫に雪玉があったって、場所をとらないだろうがな」
居間からは大雪のニュースがかしましく漏れてきていた。おれは溜め息混じりにいう。
「カレー作るぜ」
「形兆のカレー」とつぶやいて女性名は笑顔を見せ、おれは、じぶんがこいつになにか作ってやれるとわかったなら、遠いスーパーしか取り扱っていない食材であったとしても買いに行くのは当然だ、とおもう。
そのスーパーまで半分の距離も歩かないうちに、濡れそぼった道路のうえでおれは出掛けたことを後悔したが、こいつはそんな雪だるま(中身はおれ)のことを、しらなくていいんだ。いっそ、家にカレーの具材がなかったことさえ、しらなくていい。
おれがおもわず抱きしめるも、当人は雪玉を庇うように逃れ、台所へとスリッパの足音を鳴らした。
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おそらくのちに億泰が冷凍庫から雪玉を発掘します