第17章 五番街のマリーへ/ポルナレフ
「なに…?!」
女の子の口から出たその名前に、おれはおもわず目を剥いた。
「もちろん、わたしはその男のひとと会ったことないわ」
相手がなんでもないように笑うので、はたと我に返る。
「あは…そうだよなあ、おれはなにをびっくりしてるんだろ」
この子はあの男と遠い昔に会ったことがあるというには、あきらかに若すぎるにも拘わらず、この子と、女性名という女性とを、重ね合わせていたことに、おれはそのとき気がついた。
「いや、たぶん女性名っておばさんも、当時はきみみたいなすがただったんだろうなとおもってたから、つい驚いちまったんだよ。古い街に暮らす、髪の長い――――あの男はそんなふうにいってたんだ」
「写真を見たことはないの?」
「おれはそのひとの顔をしらねえんだ。もし写真を預かっていたら探しやすかったのになあ」
そして、とくに意味もなく質問した。
「きみの名前はだれからもらったんだい。そういう名前の聖人はしらねえからよ」
「お母さんよ」
「えっ?」
「お母さんは女性名っていったの」
おれの足は止まり、身を乗り出す。「な、なんだって…きみのお母さんも…?!」
「でも、踊り子としての名前だったのよ」
「 … 」
「お母さんはむしろ、じぶんの名前よりも、その名前を気に入っていたみたい。わたしにもその宝物をくれたのよ」
「それで…その女性名さんは」
「亡くなったわ。わたしがもっとちいさなころに。わたしお母さんのこと、ほとんどなにもしらないの」