第17章 五番街のマリーへ/ポルナレフ
あの街に行くことがあったら、女性名という女性がいまどんな暮らしをしているのか、見てきてくれないか――――そんな戯れをいった男は、もののついでで構わない、とつけ足した。
――――あの街は遠くないが、わたしにとってはとても遠いんだ。
おれは昔の女のことをいっているのだと、すぐにわかったが、うるさくいうことはしなかった。ただ、「覚えとくよ」と、相槌だけをしておいた。
彼が自身で会いに行かないということが、すべてを物語っていたからだった。
ひとの本心は頭脳ではない、態度や、行動のことなのだ。つまり、彼にはむしろ、彼女がその街から消えてしまっているという、確信があったのだ。
かの街のメインストリートで、おれのとなりを着いてくる、ちいさな少女はいった。
「それなのに、あなたはこの街へ来たのね」
「ああ…だけど、これが無駄なことかどうか判断するのは、おれの問題じゃあなかったんだ。おれ自身はただ、頼まれたとおりにするだけさ」
ふたりの関係はなん十年も昔に、すでに終焉を迎えた。それなのに、別れた相手をいまさら心配し、不幸になっていないことを確かめて自身を正当化するなどという、卑劣なことを、この物語は――――運命は、といってもいいが――――許さないだろう。
「それに、あの男は無駄だってことを、わざわざひとにいわれなくたって、わかってるだろうからな」
女の子は、腰まで届きそうな豊かな髪とベロアのワンピースを着たすがたをしていて、人形のように華やかだ。石畳と、そこに展開されたカフェテラスの景観によく似合う、地元の人間なのだった。
さきほど、おれが街の年寄りに女性名という名を尋ねて歩いているとき、この子は声を掛けてくれた。
「わたしはこの街に住んでいるのよ。いっしょに探してあげるわ」
この子の好奇心のままに、ふたりで縦横無尽に聞き込んだ。しかし、おなじなまえの人間がおおいこの国で、同名の女性をひとり見つけることさえも、できないままでいた。
「どうもありがとよ。親切にしてくれて――――えっと、名前を聞いていなかったな。おれはジャン=ピエール。きみは」
石畳を見ていた女の子は顔をあげ、名乗る。薔薇色の頬で、華やかに笑った。