第15章 やさしくあいしてくれたのに/億泰
正直なところ、許してもらえるともおもっていなかったのに、通りの向こうでそのすがたを見かけたとき、おれは、駆け出していた。
「あ、あのさ」
女性名のまえでおれは立ち止まる。
「このあいだはおれ、どうかしてた。すきな子に宝石を贈れるとおもって、独りよがりだったつうか…ほんとに、わるかったよ」
声を出すのが苦しい。不安というやつだ、顔を合わせたことで、いよいよおわりを言い渡されてしまうにちがいないと、不安は声高に叫んでいた。
しかし、ふいに女性名はおれの手元を指差す。
「それ…なあに」
「えっ」
おれが握っていたのは、ステンレスのリングだった。その大仰なガラスのモチーフが、掌に凹凸の痕をつけている。
「これは、さっきゲーセンで獲ったやつで…」
なぜその景品に目をつけたのか、じぶんでも覚えていない。簡単な、対象年齢の低い女の子向けのゲームだった、そのパステルカラーのかわいい機体に不良が向き合うのはかなり異質だとわかっていたはずなのに。
ほかの小物もじゃらじゃらと獲れたのだが、なぜか、こうしてこのリングだけを手に持って歩いていたのだった。
まさかとおもったそのとき、女性名はやはり手を差し出した。掌ではなく、手の甲をうえにして。
「それ、お詫びにくれるのね」
微笑みが――――数日ぶりに会えたその顔が、やけにおれのこころに迫るようだ。その髪、頬、唇が、はじめて会ったひとのように、おれのこころにありのままに映る。
そしておれは、不意におもいだした。
ゲーセンでも女性名のことをかんがえていたのだと。あんなものあげなければ、いまごろあいつといつものように遊んでいたのに――――そうかんがえるうち、ちゃんと買うならリングだよなと、頭のなかでリングのことばかりを、ぐるぐるかんがえていた。店を出てからも。
「いいのかよ…おれは本物のジュエリーを買いたかったんだぜ」
「いまのところはこれで許してあげる」
そして女性名の薬指に、それを通す。
なぜ謝りたくて、女性名をおもって買ったと、わかってしまったのだろう。女っつーのはすげえもんだな。
笑みが眩しく、指さえも動くたびこころを白く溶かすかのようだ。そこにステンレスとガラスは、誇らしげに光った。