第15章 やさしくあいしてくれたのに/億泰
どうして、女性名のために選んだものじゃないことが、すぐにわかったんだろう。
おれはソファーに寝転がって、持っていた写真立てを腹にポトリと置いた。代わりに摘み上げたのは、真珠のイヤリング。大粒の白い真珠がひとつずつ、優しく光っている。
この一対のイヤリングを見つけたとき、おれは女性名に贈りたいと、おもったのだ。この宝物を彼女なら使いこなしてくれるにちがいないという、期待や願望のようなものが、湧いたのだとおもう。
その湧出がいまだおれの目のまえを輝かせるままに、つぎに女性名に会ったとき、おれはイヤリングを彼女に差し出した。
すると女性名はすこし沈黙し、ぽつりと漏らしたのだった――――億泰くんらしくないのね。
どうしてそんなことするの。
女性名はそう悲しげにいうと「きょうはもう帰るわ」と、そのまま踵を反してしまい、それきり、会えていない。
女性名が冷めた顔で沈黙してしまったときすでに、おれの心身は灰となって崩れかけていた。そして彼女の最初のつぶやきで、無惨に崩れ去ってしまっていたのだ。追いかけて謝ることなどできはしないありさまだ。
急速に気づかされた。
おれはこのイヤリングをお母さんの物だとわかっていたけれど、「おふくろのだったんだけど」と素直にひとこということはなかった。この贈り物をじぶんでも、どこかうしろ暗くおもっていたせいなのだ。
謝りたいが避けられているらしく、なかなか会えない。もしかしたら、意識しないうちに、おれのほうが女性名を避けてしまっているのかもしれないけれど。おれはバカだからわからねえよ。
腹に伏せた写真の、兄貴の眼差しは、おれとちがってお母さんそっくりだ。とおもう。
するとバカ、と写真から聞こえるような気がした。
そうだよな、お母さんの顔なんて、おれが覚えてるわきゃあないのにな。
女性名が、バカ、と怒って突き返してくれていたなら、どれだけよかっただろう――――