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JOGIOショート

第6章 一億光年先の恋人/スピードワゴン


「あんたァ、昼にもここにいなかったか?」



梯子を担いだ点灯夫が、橋の瓦斯灯を点け、オレンジの灯りがぽつぽつ現れた。そのくすんだ灯りに、おれはまた霧が濃くなったことに気がつく。

夕方、青くなった空気に染まっていた川もまた、しかし白く揺蕩う水滴のくすみの向こうに消えようとしていた。



「もう日が沈むぜ!ここにずっといたのかい」


おれはシルクハットのつばを指でつつきつつ、橋の欄干に手をかけた相手のすがたをざっと見る。

すでに、この橋の見える喫茶店でこの女を見かけたのは昼まえのことで、ひとを待っているにしては長すぎる。
だが、そのスタンドカラーの清潔感と、ふんわりしたジゴ袖の余裕は、行き場のない狂人というわけでもないことをおもわせるのだった。



「この辺に住んでんのか? …まあ、どうでもいいか、この顔で、『送ってくぜ』なんていわねえからよ、もちろんな。見た目の通りの男さ、いまさら善人ぶったりするもんか」


名もしらぬ女は、なんの反応も見せず、とはいえ川を見るふうもなく、茫然とうつむいている。

「おれぁなんだか物珍しかったから、かってにあんたに突っかかるだけさ。だれにも声かけられてねえようだし、もしかしたら幽霊かァ? とかおもってよ」









夜が更けるなか、おれは女に、このごろひとから聞いた幽霊話をしたり、この川に纏わる話をしたりしていた。物珍しかっただけだとはいったが、放っておくわけにもいかない。おれは、あす、この川の下流から水死体が揚がったなどという噂を聞く羽目になど、なりたくはなかったのだ―――いや、たんに、話し相手でもほしかったのかもしれない。

しかし冷えるとともに雨足はつよまり、彼女の腕を引いて、おれはその辺の建物の庇に引き込んだ。
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