第4章 ピアノレッスン~シド~
―――カチャリ。
部屋のドアが開く。
その人は、中に入って来ると、ドアのすぐそばの壁にもたれて、腕を組んでいる………。
私は、それを横目で確認しながらも、ピアノを弾く手を止めずに言う。
「遅い。レッスンは、もう始まってるよ」
「………その曲は、やめとけ」
シドが、ぶっきらぼうに言う。
「どうして?」
私は、更に先を弾く。
繰り返す、旋律。
愛してる。
―――愛してる。
「あ………っと!」
弾き間違えて、指を止める。
と。
シドが、ゆっくりと近づいてきて………私の右隣りに無理矢理座る。
「………」
少しでもシドとの距離を空けようと、私は端に座り直す。
それでも、僅かに腕が触れ合っていて………。
ポロン―――。
シドが、ピアノを弾き始める。
部屋に入って来た時に、私が弾いていた箇所だ。
ゆっくりと、滑らかに。
―――改めて、思う。
一度見て、聴いただけでこんなに上手に弾けるなんて………。
私が教える!なんて、息巻いてた自分が、恥ずかしくなる。
技術的には、もちろんだけど、こんなにも感情表現豊かな演奏ができるなんて………。
心のこもった優しい旋律―――。
想いが溢れてくる。
どうしようもないほどに。
止められない。
―――もう、止まらない。
愛してる。
―――愛してる。
「あ………っと!」
シドは、甲高い声を上げて、さっき私が間違えた箇所を、同じように弾き間違える。
「先生と同じように弾いてみた。忠実な生徒だろ?」
シドがニヤリと笑って、私の顔を覗き込む。
「………わざと間違えたって、わけ?」
私は、シドを横目で睨む。
「そう、怒んなって」
シドは、続けてまた、弾き始める。
セコンドのパートを、高音で弾き続ける。
私は、少し遅れて低音でプリモのパートを弾く。
本来なら、私が右側に座って高音を弾き、シドが左で低音を弾く曲なのだけど………。
成り行きまかせのまま、弾き続ける。