第4章 ピアノレッスン~シド~
~現実~
あれは、夢だ。
悪い夢を見たんだ。
あんな事が、現実であるわけがない―――。
何度も、そう自分に言い聞かせて。
忘れようとして、でも、忘れられなくて。
思い出しては、悔しさと悲しみと、怒りが沸いてくる。
―――あの日、別れ際に、
『ヤリたくなったら、いつでも呼べよ。可愛がってやる』
最低なシドの、最低な一言―――。
あれ以来、シドには会っていない。
もう、二度と会いたくなんかない―――。
音楽祭も間近だというのに、あの日以来、ピアノ室にも行っていない。
ピアノ室に入る勇気がない。
あの日の出来事が、鮮明に思い出されるだろうと予測がつくから。
ブルッ………。
小さく震える。
自分の両腕で自分の身体を抱える―――。
ポタ。
見開かれた目からは、また、涙がこぼれ落ちていく―――。
と。
コン、コン。
ノックの音が部屋に響く。
「マイン様、俺」
ユーリの声。
「………っ、どうぞ」
慌てて涙を拭いながら、ユーリと顔を合わせないように、ドレッサーの前に座って髪を梳かしだす。
………っ、泣いていたのを、知られたくない。
「ルイ様が今日、公務の後に寄りたいって。少しだけでも話ができたらって言ってるんだけど………」
「ごめん。今は、誰とも話したくない」
つい、即答してしまう。
「………そっ、か」
最近の私は、お城の皆から腫れ物扱いだ。
何があったのだろうと、噂されていると思うけど。
誰にも話すつもりはない。
―――話せない。