第2章 ピアノレッスン~イケヴァン・モーツァルト~ 序章
~ピアノレッスン~
「………俺のレッスン、厳しいけど?」
小さな呟きが、耳に入る。
え、それって………。
「教えてくれるの?」
「一応、そう言ってるつもりだけど」
「ありがとう!すっごく嬉しい~~っ!」
思わず、モー君に抱きついて―――。
「え、ちょっと………」
勢いがつき過ぎたのか、モー君の座っている椅子がグラリと揺れて………。
そのままの体勢で、一緒に倒れていった―――。
何が起こったのか、とっさに思い出せず………。
硬い、胸板。
温かい体温。
背中にまわされた両の手のひらの熱。
微かに香る、汗の匂い―――。
気づけば、私は、モー君の上に覆いかぶさっていて、抱きしめられる形になっていた。
「痛い。重い」
頭のすぐ上で響く、声。
………顔を上げると、目の前には、モー君の整った顔。
―――っ!
「ご、ごめんなさい!」
私は、急いで起き上がる。
モー君もゆっくりと立ち上がり、倒れた椅子を元に戻す。
「………さっそく始めるけど」
「お、お願いしますっ!」
私は、照れ隠しに大声を上げる。
「うるさい………」
モー君は、顔をしかめる。
「あ、ごめんっ」
モー君は隅に置いてある椅子を気だるそうに持って来ると、ピアノの前に置く。
左側の椅子に座ると、私に手招きして、座るよう、促す。
すぐ隣りに座ると、思っていたよりも距離が近くてドキドキしてしまう。
「初見で弾ける?」
「少しなら」
私は、先ほどのモー君の演奏を思い浮かべながら、楽譜に沿って、ゆっくりゆっくり、メロディーを奏でる。
うわ、思った以上に難しい。
曲の続きを聴きたくて、つっかえながらも、先を弾き続ける。
ふと、隣りから同じメロディーが、聴こえて来る。
モー君が、私に合わせて弾いてくれているのだ。
―――なんて心地いいのだろう。
モー君のピアノが好き。
伝わる情熱が、好き。
届きたい。
少しでも、近づきたい。
近づきたいよ―――。