第2章 ピアノレッスン~イケヴァン・モーツァルト~ 序章
名前を呼ばれて、思わずドキッとする。
写真のとおりの端正な顔立ち。思っていたより長身で細身で………。
ううん、そんな事よりも。
何よりも目を奪われるのは、その、パープルの瞳。
濃い、強い光をたたえたその深い瞳に、吸い込まれそうな感覚に陥る………。
………っと、失礼だよね………。
慌てて、視線を逸らす。
「大学の中を案内して、とかなら無理だから。ほとんど知らない」
そう言って、モー君は、床に散らばった紙を無造作に避けながらピアノの前に座る。
私は、屈んで足元の紙を一枚拾う。
これ、楽譜?
書きかけの楽譜。
作曲途中って事、だよね。
すぐそばの紙をまた拾おうと手を伸ばすと………。
「それ、そのままにしておいて」
鋭い口調に、思わず手を引っ込める。
けど………。
「だって。これじゃ………」
「君にとっては散らかっているように見えるだろうけど。俺は、そこに順に並べて置いてある」
私の反論の隙を与えず、続けられる。
………これが、並べてある?
私は仕方なく、黙って立ち上がる。
楽譜を踏まないよう注意しながら、ピアノの側へと向かう。
ピアノの前に置かれた楽譜。
私は、楽譜にじっと見入る。
「近い」
「あ、ごめんなさい」
私は一歩下がりながらも、楽譜から目が離せない。
「素敵な曲ですね」
「………」
返事があるものと思っていたのに、何もなかったので、すぐ横のモー君に視線を向ける。
………え、あれっ?
心なしか頬を染め、俯いているモー君。
もしかして………照れてる?
「そういうの、何気なく言わないで」
「え、そういうのって………だって、ほんとに素敵でっ………」
なんだか、私まで恥ずかしくなってきて、つい、ムキになって繰り返す。
「声、大きい」
「あ、ご、ごめ………フガッ………」
とっさに自分の口を両手を押さえ、言葉を紡げなくなる。
モー君は、そんな私を呆気に取られた表情で見て………そして、堪えきれなくなったのか、唐突に吹き出す。
けれど、すぐにまた元の表情に戻って。
「君って、変」