第31章 ハッシュミー
寧々の部屋から出て来た煙火を
物間が呼び止める
「なーに?お兄ちゃん?」
ニコニコと甘い笑顔を向けてくる男に
物間もニコリと食えない笑顔を向けた
「何が目的かしらないけど
寧々からはもう身を引きなよ」
その言葉に、煙火は眉をぴくりと動かす
「またいつものシスターコンプレックス?」
「違う」
ハンっと鼻で笑う煙火に、噛み付くように答えると
煙火はゆっくりと笑顔を消した
「寧々は今十分悩んでる
これ以上あいつを悩ませたくない」
「寧人は、恋愛したことないよな」
煙火は窓のそばに寄りかかるように立つと、
そんな質問を物間に向ける
「……」
物間の顔からも笑顔が消えた
実の妹に向ける思い以外で恋と呼べるものの経験は無い
「だったら分からないよ
寧々が悩んでる理由も、その真髄も」
「…じゃあ、身は引かないってことか?」
「もちろん♡」
物間はしばし煙火を冷たく睨んだが
ため息をついて目をそらす
「勝手にしろ
煙火が思ってるほど、ことは簡単じゃない」
言い捨てて去っていく物間の背中を見送って思う
(『運命の人』が見つかった時点で昔より些か簡単なんだよ…)
一瞬しか会ったことのない初恋なんて、死んだ恋人よりタチが悪い。
幻想や記憶はいつしか理想や願望で捏造され、美しく変貌していく。
「ライバルが生きてる人間なら、
一応今の所負けなしだからね…」
自信に足る実績は充分にあるのだから…
窓の外の月を見つめる
今日は新月だ
か細く自信なさげに輝く様が寧々のようだと思った。