第2章 寒地にて
生まれてこの方吹雪などというものは見たこともない私は、それもまたいいと思いながら曖昧に頷いた。しかし男はすぐにそれを見破ったようで、
「いやいや、吹雪かれるといけません。あなたのその、そういうような軽装では、凍傷になってしまうかも知れません」
と、真顔で言う。凍傷というのは、体が凍って腐ることだ。私は一も二もなく男の言うことに従った。
「さあ、では行きましょうか」
男はそう言って私のトランクを持ち上げた。
「いや、荷物は自分で持ちますよ」
私が言うと、男は含みのある笑い方をした。
「まあここは私に任せて下さい」
と、意味ありげに言ってさっさと歩き出す。
そのがっしりとした後ろ姿を見て、何故だか知らん、私は妙に懐かしいような心持ちになった。
空は成程、男の言う通り厚い雲に覆われて、これから何が起きるかわからんぞと言わんばかりの様相を呈しており、私は慌てて男の後を追った。
辺りは陽も照っていないのに馬鹿に眩しく、雪ばかりの世界は可笑しな話だが本当にすっかり真っ白だった。こういう景色は見慣れないことで、私は正直すっかり参ってしまった。目はチカチカするし、足はとられるし、全く雪というのは美しくはあるが実に厄介な代物なのである。
「大変でしょう」
男が察して笑った。
「はは、確かに大変ですな。しかし、そう悪くない」
負け惜しみではない。沢山積もった雪は踏みしめるときしきしと不思議な音をたてて、それが何やらひどく新鮮で歩を進めるのには飽きない。
しかし、それと疲れる疲れないは別の問題である。
男は大きな歩幅で心持ち俯き加減の早足で歩く。どんなに柔い雪の上でもその歩調は崩れない。感心して眺める私の方は、よろめいたりつまずいたり、大変な騒ぎである。しかし男はそれでもときどき思い出したように私を振り返って、疲れましたかと笑いかけてくれる。大丈夫だと笑い返しても痩せ我慢が顔に出るのか、男はその都度歩調をゆるめてくれるのだが、すぐに何か考え込むような格好で前屈みの早足に戻ってしまう。男はトランクと風呂敷包みを抱えて、しかし荷物などないような調子で素晴らしい歩き方をするのだ。