第2章 寒地にて
長い間汽車に揺られてやっと目的地に着くと、視察先の教員が出迎えてくれた。
雪のどっさり積もった見慣れない景色の中で、農学校の教論だという彼は大きなコートの襟を立てて、風呂敷の小包片手に寒い構内でしゃんと私を待っていた。まだ年も若かろう。二十幾つといったところで私と同い年程に見えるが、しかし何とも茶目っけのある笑顔でこちらを見、発した第一声が、
「雪は見ましたか」
であった。意外なことに訛のない奇麗な所謂バリトーンの声である。私は北国の男の思いがけない美声に感心しながら苦笑して頷いた。
見ましたかなどというものではない。至るところ雪だらけで、もう一生分の冬を体験したような気になっていたところなのだ。可笑しなことを聞く男だと口辺が上がってしまった。
「そちらではあまり雪は降らないでしょう。辺り一杯真っ白いというのはどういう心持ちですか」
男はこちらの様子に頓着なしでにこにこと嬉しそうに言った。そうしていると彼の目はまるで象のように優しく細い糸になる。
「こっちに来るのは初めてだそうですね」
「ええ、生まれて初めて国を出たという按配でして」
自他ともに認める世間知らずなのだと笑うと、男は自分も同じようなものだと笑い返してくれた。
「こちらには良いお湯が湧いてるそうですね」
人のいい笑顔に気をゆるめてそう言うと、男は大真面目な顔で、
「そりゃあ良いお湯があちこちにこんこんと湧いてますよ。是非お入りなさい。体が溶けていくような良い心持ちになりなすから」
と、聞いたこっちが戸惑うような真剣さできっぱりと頷いた。
外に出ると、先刻まで晴れていた空が厚い雲に覆われてすっかり曇天模様になっていた。
「やあ、これはちょっと荒れるかも知れないな」
男は殊に東の空の辺りに厚く垂れ下がった雲を見て、ちょっと顔をしかめた。
「吹雪になるかも知れません。急ぎましょう」
「吹雪ですか」