第4章 鼠と年明け
頭の中でヒラヒラと紙片が舞った。
目を閉じる。
風に吹かれて舞い上がり、軽々と気儘に逃げ回って容易には捕まらない、紙っ切れ。
逃げ回るソイツを地べたに踏んづけて取っ捕まえて、何が書いてあるのか知りたい。踏んづけられて泥に塗れたソイツを摘み上げ、汚れを落として解読したい。
つまり、創作の閃きが湧いて出た。
「おい、鼠くん」
我ながら調子がいいなと思いつつ、猫撫で声で呼び掛けて目を開けると、鼠の姿など影も形もない。
ああ。まあそうだろうな。
しんとして冷える厨にひとりきり、やれやれと懐に手を突っ込み、いつも首からぶら下げている覚え帳を引っ張り出す。厨の板張りの床に突っ伏してガリガリとチビた鉛筆を走らせる。
…ある古い家の、まっくらな天井裏に「ツェ」という名まえのねずみがすんでいました…
口の端に笑みが浮かんだ。これは些か皮肉な笑み。
「これを読んだらアイヅ、ごしゃぐべなぁ(怒るだろうな)」
ごしゃげ、ごしゃげ。ごしゃいで出て来い。今度は餅を食わせてやる。相撲だって何とかして取ってやろう。また減らず口叩いて、俺を困らせろ。どうやら俺はお前が嫌いじゃない。
て、ことは自分が嫌いじゃないってことだ。ふんふん、悪くないじゃないか。
皮肉な笑みが、何心無い笑みに変わる。
外は晴れ、昇った初日が凍みてカツカツ固い雪をきらきら照らして、寒い。
いい年明けだ。
こいつが書けたら鍛冶町に年始の挨拶に行くか。そうしてお父さんに「ツェねずみ」の話をして、ひとつ困らせてやろう。さぞ嫌な顔をしなさるだろうなぁ。ははは。