第1章 青色幻燈
「あの人は実に精力的な研究家だね。まだまだ石川さんは金田一さんには会えないんじゃないかと思うよ。石川さんが君のように出歩いてるんじゃない限りは」
「先輩は出不精だからなあ。どんなもんだろう」
隠しに両手を突っ込んで彼はまた月を見上げた。
「青いような夜だね。来た甲斐があったよ」
「あっちじゃ夜空も見れないのか」
驚いて聞き返すと、彼は可笑しそうに肩を揺すって笑った。
「だって私たちは其処にいるんだよ」
ああ、そうか。間抜けな事を聞いてしまったな。
苦笑して俯き顔を上げるともう其処に彼の姿はなかった。
また来年と言うように、洋燈が瞬いた。
溜め息を吐いて立ち上がる。三日月を見上げたら笑いが込み上げて来た。
命日ではなく誕生日に現れるのが大層彼らしくて、また愉快な心持ちになる。
通りの洋燈を辿りながら家路を行く道すがら、その内にこの灯りの中を彼と何時までも歩く事を思って、その日を楽しみにしている自分に気付く。
それまではせいぜい励んでどやされない様にしなければ。ヅグナシ呼ばわりされては堪らないからなあ。
今宵一夜、この灯りと月が青いうちは、宮沢の時間だ。何処をどう歩き回るのか、誰にどうして顔を見せるのか。
月が光り、洋燈が灯り、星が瞬く。まるで宮沢の心象風景の一部のような夜だ。
気分が良い。
また、来年だ。
青色幻燈