第1章 青色幻燈
穏やかだがきつい目でがんとして見られると、若い頃を思い出す。何度この目をした彼とやりあった事か。何しろ互いに強情だから一度揉めると思いの外激しいやり取りになった。一見穏やかでありながら、侮り難い気性の激しさと意志の強さがあるのだ、この男は。
「やれやれ、怒る事はないだろう、この短腹持ち」
「すべき事を全うしないうちはそうした事を思わないものだ。このヅグナシめ」
顔を見合わせて笑うと不思議と気も体も軽くなって、自分の年を忘れてしまいそうになった。
見下ろせば筋張って無骨な年経た手が時折油をさしてやりたくなる膝の上に載っていて矢張り自分は年をとったのだと思うが、それは取り立てて気落ちするものではなかった。彼といると気が落ち込む事がない。懐かしさが思う以上に胸を弾ませるせいだろうか。
「すべき事を全うするというが、君はそれを成し遂げたのかね」
いささか意地の悪い質問をすると彼は鼻の頭に皺を寄せて、ちょっとばかり痛いような顔をしてから、笑った。
「そうだから召されたのだよ。誰が蓮座におわす御方の真意を計れるものかな。誰にも計れたものではない」
「そうかね」
では人は誰でも意義を持ち、それを成し遂げて去るものなのか。
「そうだよ」
優しい象の目が、通りの青い灯りを遠くまで見やった。
それは彼岸まで道標する蛍火のように、ただ美しく静かに灯り続けている。
「こんな夜にはさぞ小岩井の辺は美しかろうねぇ」
懐かしむ様に呟いて深く息を吸い込むと、彼はひょいと立ち上がった。
「おや、もう行ってしまうのか」
「うん。もう二三、行きたい場所があるものだからね」
「たまには腰を据えて夜通し話して行けば良いものを」
「そのうちゆっくり話せるよ。随分ゆっくり話せるとも」
薄荷パイプを隠しに戻し、彼は悪戯っぽく笑ってこちらの顔を覗き込んだ。皺だらけの老け顔をまじまじと見られるのは決まり悪いが、ついぞ変わらぬ童顔を真っ直ぐ見返さないでいられない。
「君は変わらないな宮沢君」
「そうだね。私はもう変わらないよ保阪君」
そう言って体を起こした彼の跡を薄荷パイプの匂いが追う。
「焦らないでも皆のんびり待っているよ。石川先輩なんかは君と話したくてじりじりしているようだけど」
「止してくれ。噂を聞いた限りでは得意な人じゃない」
「そうか。金田一さんは元気かい」