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青色幻燈

第2章 寒地にて



男を宥めすかしつつ、上がるよう促す。男はニコニコしながら、長靴を脱いでお世話になりますとまた頭を下げる。

「いやいや、なってもだァ、賢さん」

「いやいや、申し訳ねス」

私はそうして一頻り頭を下げ合って恐縮しあっている二人を呆れ半分感心半分で眺めた。北の人の気質は随分律儀な事だ。些か面倒でけれど何がなしの微笑ましさがある。

「随分懇意なようですね」

良い具合に古びて黒光りする廊下を歩きながら私がつくづくと感心すると、男は困ったような顔で笑って頷いた。

「家族ぐるみの付き合いで四才の頃から通ってますから」

「ほう、そりゃ随分長い」

「いい湯やいい宿は飽きる事がありません。まだまだ通うつもりです」

男はいやにきっぱり断定的に言うと、にっこりと大きく笑った。

私たちにあてがわれたのは川に面した気持ちの良い二階部屋だった。窓辺の卓に向かい合って座って今日の授業の話などしていると、真っ赤な頬をした娘が熱いお茶を運んで来た。

「ああ、丁度良い、これをお願いします」

卓の上にお茶を置いた娘に、男は地酒の袋を手渡した。

「燗をつけて下さい。それと何か菜を見繕って…」

「あ、いや、菜は結構」

私は手を振ってトランクの口を開けた。

「これで十分です」

中から昨日の残りの白菜漬けを出して見せると、男は嬉しそうな顔をした。

「旨かったです。いや、本当に」

「喜んで貰えて幸いです」

私の言葉に、男は照れ臭そうに慎み深く答えた。頬が何度目かに見る紅に染まっている。

娘に地酒と白菜漬けを託して、私たちはいよいよ露天風呂へ向かった。途中の廊下や階段はあちこちに入り組んでしかも大変寒く、露天風呂まで辿り着く前に風邪をひいてしまいそうだった。

「たまりませんな」

思わず漏らして首をすくめる。

「寒ければ寒い程湯が良い具合に染みるのです」

そんな私に男が大真面目に言った。

「出来ることなら裸で表を散歩してからつかるのが一番良いと思うくらいですよ」

成程それも悪くないかも知れないが、試す気には到底なれない。そう思いながら苦笑して見れば流石にそこは男も同感らしく、可笑しそうに笑っていた。

長い廊下と幾つもの階段の上り下りを経てやっと辿り着いた露天風呂は雪に覆われた山肌が間近に迫る川べりにあり、湯の湧く音と水の流れる音が気持ち良く響いていた。
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