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青色幻燈

第2章 寒地にて



私は感に堪えず半ば唸るように言って頻りに頷いた。星や雪を見ながら露天風呂につかって酒でも煽れば、正しく楽天気分というものであろう。男の勧めで町の酒場で地酒を買って、早速温泉に向かう。

「本当に良いところでしてね」

がたがたと頼りなげに雪深い山道を走るボンネットバスの中で男が言った。
まだそう遅い刻限でもないのに、これがこの路線の最終なのだそうだ。小さなボンネットバスは沢や谷に落ちそうになりながら、辿々しく走っている。冷や冷やしている私をよそに、男はなおも飄々と語る。

「時々生徒を連れて行ったりしています。のぼせるまで話していることもあって、宿の人には迷惑をかけていますが」

「はは、いいですなあ」

生徒たちと様々な話をしながらのぼせるまで湯につかるのも楽しかろう。暗い谷間を横目に見ながら、男と生徒たちの湯治風景を思い浮かべてみる。

「そうして湯上りには皆で玉水を呑むのですよ」

男は窓の肘をついてにこにこと続ける。

「玉水というのは何ですか」

尋ねると、

「葡萄液を水で薄めて砂糖や酒石酸、それに重曹なんかを加えたサイダーのようなものです」

男は悪戯っぽい顔で説明してくれた。

「私は酒がいけないもので、代わりにそういうものを呑んでいるのです」

「ほう、成程」

「それはそれで結構旨いものですよ」

そういう話をしているうちに、バスは無事大沢温泉に着いた。辺りはもう真っ暗だ。

宿は男の言った通り山あいの川べりに建っており、そしてこれもまた男の言った通り、雪に照らし上げられた暗い天空には見事な星があった。私はほっとひと心地について空を見上げ、雪にすっぽり覆われた山を眺めた。辺りには電灯もないから、雪灯りと宿の幽かな灯り以外、星を遮るものはない。星は寒さに震えるように、チカチカと大きく瞬いていた。

男は急に言い出したことにもかかわらず律儀に宿へ事前の連絡を入れていたらしく、中に入るとすぐに宿の主らしい恰幅の良い壮年の男が出て来て、はァ、寒どごよぐおでんしたと頭を下げた。

「急なことで申し訳ありません」

男が丁寧に頭下げてを返礼すると、主は見るからに穏やかな顔に笑みを浮かべて手を上下に煽った。

「急も何もねがす。止めで下せ。こっちごそいっづもお世話になっでらス。まんつまんつ、この雪だば難儀でしたべ。上がってけらっせ」

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